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有事にこそ重要な、海外健康リスクの考え方――急性期の次に来る、「慢性リスクの悪化」に注意―― 

最近、中東をはじめ世界各地で紛争が問題となっています。特に、海外事業を展開している企業や海外派遣者を抱える事業者にとって、紛争は多方面に影響を及ぼします。事業継続や原材料価格の高騰など論点はさまざまですが、本稿ではその中でも「人」に関わる問題に焦点を当てます。

1. 紛争地や付近における「健康リスク」

海外における健康リスクは、下図のように整理できます。平時であっても、国内と海外では健康リスクに大きな違いがありますが、大きく分けると次の2つに分類できます。

① 国内にも存在するリスクが、海外では増大・変化するもの

 — 慢性疾患、メンタルヘルス

② 海外特有のリスク

 — 感染症、災害、治安

海外の健康リスクというと、どうしても②に注目が集まりがちです。国内ではほとんど対応機会がないため、「海外特有のリスク」として認識しやすいからでしょう。今回も、特に中東の現地では船舶などに対する保険が話題になっていますが、災害や治安リスクは完全に予測して対処することが難しく、基本的には保険による備えが中心になります。 しかし、保険だけですべてのリスクを解決できるわけではありません。事業継続のために必要な人員を現地に残さざるを得ない場合もありますし、帰国や安全地域への退避だけで問題がすべて解消するわけでもありません。そうした意味で、むしろ注目すべきなのが、先ほど挙げた①のリスクです。

たとえば、安全地域に退避できたとしても、想定外の不自由な生活を強いられることで、メンタルヘルス上のリスクは大きく高まります。また、輸送の混乱や現地での受診困難が生じれば、慢性疾患の治療にも影響が及ぶ可能性があります。こうした状態が長期化すると、図に示したように、もともとコントロールできていた「慢性リスク」が、精神疾患の発症や急病といった「急性リスク」へと転化するおそれがあります。

確かに、海外有事の急性期においては、その場の安全確保が最優先となるのは当然で、このような慢性リスクの優先順位はどうしても低くなりがちです。しかし、今回の中東情勢のように長期化が見込まれる事案では、慢性リスクの管理にも早い段階から目を向ける必要があります。

さらに視野を広げれば、有事地域を支援する他の海外拠点や国内の対応部門についても、同様に慢性リスクへの配慮が必要です。他地域によるカバーで業務時間が過度に増えていないか、国内の支援部門が有事対応によって長時間労働に陥っていないか、といった点は重要な確認事項です。こうしたしわ寄せは、結果として別の拠点や部門の健康リスクを高めることになります。

有事とは、基本的に「目の前の問題に次々と対処し続ける」状況です。だからこそ、現場とその周辺が目先の対応に集中できるよう、周囲が継続的に支援していくことが求められます。

2. 慢性リスクに対する実務的な対応

慢性リスク対応の要点は、「ステークホルダーの整理」と「少量頻回の対応」です。
災害・治安・感染症などの急性リスクは、多くの場合、突如として発生します。平時には存在しなかった問題だからこそ、対応部門を集約し、迅速に意思決定することが求められます。一方で慢性リスクは、すでに存在している問題をいかに維持・管理するかが重要です。

たとえば、慢性疾患(脂質異常症や高血圧など)の治療を継続している場合、日本の主治医、現地の受診先、家族、医療費の精算担当など、多様なステークホルダーが関わります。こうした関係者との連携を整理しながら、状況に応じた代替手段を見つけていく必要があります。

メンタルヘルスの問題はさらに複雑です。要因は、治安悪化など現地で起きている直接的な問題だけではありません。現地スタッフの動揺、人員不足、対応業務の増加による長時間労働、焦りや不安によるコミュニケーションロス、国内との温度差や認識の違いによるストレスなど、複数の要素が重なります。

緊急時には「今は非常時である」という共通認識があるため、短期的には多少の無理をしてでも対応できてしまうことがあります。しかし、それが長期化すると状況は変わります。ストレスへの適応も、短期的には負荷に耐え、抵抗することができますが、長引けばやがて疲弊し、抵抗力を失っていくことが知られています。特に今回の中東情勢のように長期化が見込まれる局面では、図でいう「抵抗期」の段階で、適切なケアと負担軽減に取り組むことが重要です。

このために大切なのが、「少量頻回の対応」です。
緊急時の現地は、常に目の前の対応に追われています。たとえば、メンタルケアとして1時間かかる面談やプログラムを提供しても、現場では優先順位が上がらず、実際にはほとんど活用されないでしょう。一方で、たとえ15分でも、自分の状態を整理し、誰かに話を聞いてもらえる時間を確保するだけで、大きな意味があります。

もちろん、その15分を有効なものにするには、目的を明確に伝え、必要に応じて次の行動を示すことが不可欠です。たとえば、「これは該当者のケアのための時間であること」「治療やメンタルの状況を把握したいこと」を明確に伝え、少なくともケアの場では評価とは切り離されていることを示すとよいでしょう。また、終了時には「受診についてはこちらで〇〇を対応するので、あなたは〇〇をお願いします」といった形でネクストアクションを整理し、「何が行われたのかよくわからなかった」という感覚を残さない工夫も必要です。可能な限り現地の負担を増やさないよう、短く、簡潔に、次につなげていくことが重要です。

時間を短くする分、頻度は高めに維持します。現地の状況が刻一刻と変化することを踏まえると、週1回程度の単位で継続的に実施することが望ましいでしょう。現地で対応に追われていると、時間はあっという間に過ぎてしまいます。だからこそ、定期的にケアの機会を設けることには、本人が時間の経過を意識する助けになるという意味もありますし、状況の記憶が新しいうちに把握できるという利点もあります。このような局面では、1週間のうちにも健康状態やメンタルヘルスが大きく変化する可能性があります。したがって、支援する側も毎回新たな視点で状況を見ることが大切です。

こうしたケアは、可能であれば専門性をもつ医療職が担えるのが望ましいのは事実です。しかし、だからといって赴任者担当や人事が関わるべきではない、ということにはなりません。むしろ、頻回に実施するという観点では、社内の非医療職が担うことにも大きな実務的意義があります。先に述べたように、「ケアのための時間であることを明確にする」「評価とは切り離す」「ネクストアクションを明確にする」といった点を意識すれば、必ずしも専門職でなければ実施できないわけではありません。

もちろん、明らかな不調が見られる場合や、医療的な対処につなげる必要がある場合には、速やかに医療職による支援へ接続することが必要です。その点は言うまでもありません。

3. 結論

海外有事における人の問題は、治安や災害といった目に見えやすい急性リスクだけでは捉えきれません。むしろ、慢性疾患の悪化やメンタルヘルス不調といった慢性リスクが、長期化の中で深刻化する点にこそ注意が必要です。そのため企業には、安全確保や保険対応に加え、関係者を整理した上で、短時間でも継続的に状態を確認し、必要な支援につなげる実務が求められます。

有事だからこそ、人への支援を「後回しにしない」姿勢が重要です。

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