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「運動してください」が通用しない? 海外赴任者の健康管理で人事が知っておきたい「現地事情」

近年、経済成長や為替の問題もあり、海外事業の重要性は高まっています。同時に、日本人労働者の高齢化は年々進行しており、健康診断などで所見のある労働者を赴任させることも増えてきています。
もし国内勤務者で健診に所見があれば、「運動量を増やす」「食生活を見直す」「飲酒量を減らす」といった生活習慣の改善がまず検討されるでしょう。海外赴任者でも医学的な考え方そのものは変わりません。
しかし、実際に海外赴任者の健康支援に関わっていると、国内と同じアドバイスをそのまま伝えるだけでは、うまくいかないことが少なくありません。
例えば、運動不足だからと「仕事の後にランニングをしましょう」と勧めても、治安上の理由から夜間に一人で外を歩くこと自体が難しい地域があります。「野菜を増やしましょう」と伝えても、新鮮な野菜を手に入れにくい地域や、生ものの衛生管理に注意が必要な地域もあります。
問題は本人の健康意識だけではありません。
海外では、治安、交通、食事、住宅、文化、業務慣行など、赴任者を取り巻く環境そのものが日本とは大きく異なります。
本稿では、海外赴任者の健康管理を考える際に、人事担当者が押さえておきたい「現地事情」という視点について解説します。

「健康に良い行動」が、現地でできるとは限らない

生活習慣病への基本的な対策は、日本でも海外でも大きく変わりません。
適度に運動する、バランスよく食事を取る、飲酒を控える、十分な睡眠を確保する。いずれも重要です。
一方で、問題になるのが「その行動を現地で実行できるか」です。
例えば運動です。
日本であれば、通勤時に一駅歩く、休日に散歩する、仕事帰りにジムへ寄る、といった選択肢があります。しかし、海外では会社と住居の間を会社手配の車で移動し、徒歩で移動することを前提としていない地域もあります。
治安によっては、勤務後や早朝に屋外で運動することを勧めるべきではない場合もあります。
食生活についても同様です。
赴任地域によって、利用できる食材や外食の選択肢は大きく異なります。日本で健康指導を受けるときのように、コンビニやスーパーで手軽にサラダや低脂質の食品を選べるとは限りません。生野菜などについては、地域によって衛生面への注意が必要になることもあります。
また、食事そのものが業務と密接に結びついている場合もあります。
現地の取引先との会食や、日本からの出張者への対応などで、外食や飲酒の機会が多くなる駐在員は珍しくありません。単に「飲酒を控えてください」と本人に伝えても、本人だけでは変えられない業務上の事情が背景に存在することがあります。
つまり海外赴任者の場合、
「何をした方が健康によいか」だけでなく、「現地で何ならできるのか」まで考える必要があります。

赴任者本人の「自己管理」の問題だけにしない

こうした話をすると、「とはいえ、健康管理は本人の責任ではないか」と感じるかもしれません。
もちろん、本人が自分の健康状態を理解し、生活習慣を改善していくことは重要です。
しかし、海外赴任では日本にいるときと比べ、本人が自分でコントロールできない要素が増えます。
例えば、

  • 移動は原則として車で、歩く機会が少ない
  • 外食中心にならざるを得ない(特に単身赴任の場合)
  • 取引先との会食や飲酒が多い
  • 長時間勤務になりやすい
  • 安全に運動できる場所が限られている
  • 日本で使用していた食品や医薬品が手に入らない

といった状況です。
これらを無視して、日本にいる従業員と同じ健康指導を行っても、本人としては「言われていることは分かるが、できない」という状態になってしまいます。
さらに厄介なのは、健康診断の数字だけではこうした事情が見えないことです。
「体重が5kg増えた」「血圧が上がった」「HbA1cが悪化した」という結果だけを日本側で確認すると、本人の自己管理不足と捉えてしまいがちです。
しかし、その背景には赴任後の仕事内容や生活環境の大きな変化があるかもしれません。
健康診断で異常が確認された際には、検査値だけを見るのではなく、
「普段どのような食事をしているのか」 「どのように通勤しているのか」 「運動できる環境はあるのか」 「会食や飲酒はどの程度あるのか」 「睡眠や勤務時間はどう変わったのか」
といった実際の生活状況まで確認することが重要になります。

人事が現地の医療に詳しくなる必要はない

では、こうした現地事情を人事担当者がすべて調べ、健康指導まで行う必要があるのでしょうか。
その必要はありません。
むしろ重要なのは、赴任者の健康問題を、日本国内の基準だけで判断しない仕組みを作ることです。
人事として押さえておきたいポイントは、大きく3つあります。

① 現地の生活環境を把握する

治安、交通手段、食環境、医療へのアクセスなど、健康行動に影響する基本的な情報は把握しておくとよいでしょう。
国単位の情報だけでは十分でないことにも注意が必要です。同じ国でも都市部と地方では、生活環境や医療アクセスが大きく異なることがあります。

② 健診結果だけでなく、定期的に「生活」を確認する

赴任時には健康上問題がなくても、数年の赴任生活の中で状況は変化します。
そのため、年1回の健康診断だけで健康管理を完結させるのではなく、必要に応じて定期的に本人の状態を確認できる機会を設けることが重要です。
健康診断の異常値が出てから初めて生活状況を確認するのではなく、「最近の食事はどうか」「眠れているか」「運動できる環境か」といった情報を継続的に拾える仕組みがあると、問題の早期発見につながります。
当社サービスにおいては、特にこの「課題が表面化する前からの、定期的な健康状態に関するコミュニケーション」を重視しています。

③ 医療職に「現地でできる方法」を一緒に考えてもらう

産業医や保健師などが健康指導を行う場合にも、赴任先や生活状況を共有しておくことが重要です。
例えば屋外での運動が難しければ、室内でできる運動を考える。外食を避けられないのであれば、「外食をやめる」ではなく、現地で選びやすいメニューや量の調整方法を考える。
このように、理想的な生活を求めるのではなく、現在の環境の中で実行可能な行動へ落とし込むことが海外赴任者の健康支援では重要になります。
人事担当者自身が医学的な判断をする必要はありません。
人事が担うべきなのは、「現地ではこういう生活をしている」という情報を医療職につなぎ、本人が実行可能な支援を受けられる環境を整えることです。

結論

海外赴任者への健康管理では、日本国内と同じ健診を行い、同じ健康指導を提供するだけでは十分とはいえません。
海外では、治安、交通、食文化、業務上の会食、住環境などが健康行動を大きく制約します。
そのため重要なのは、
正しいことを伝える」ことではなく、「赴任地で実際にできることを一緒に考える」ことです。
これは、本人の自己管理を甘く見るという意味ではありません。
むしろ、本人が変えられるものと、本人だけでは変えられない環境要因を分けて考えることで、初めて現実的な健康管理が可能になります。
健康診断で異常値が出たとき、「運動してください」「食事に気を付けてください」と伝えて終わっていないでしょうか。
海外赴任者の場合には、その一歩先の、
「その人は、今いる場所で本当にそれができるのか」
まで確認することが、人事に求められる重要な視点です。

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